「国債は国民の資産だ」と叫ぶ人に教えたいこと 出口治明・権丈善一「日本の財政がこじれる訳」

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――話は若干それますが、「インフレリスクを除けば、政府はいくらでも自国通貨建てで国債発行を行うことができ、財政赤字は問題ではない」と主張するMMT(現代貨幣理論)派は、まさに「国債は国民の資産」が理論の中心にありますね。

出口 治明(以下、出口) MMTは不出来なケインジアンの再来だ。MMTのいちばんの疑問は「政府がいくらでもお金を刷れるなら、なぜ税金を全廃すると主張しないか」という点だ。そこがロジカルに考えるといちばんの矛盾だ。本当にいくらでもお金を刷れるなら、MMT派は税金全廃を主張してほしい。

インフレになったら社会保障がカットされる危険

権丈 あの話も将来インフレになる可能性は否定していない。そこは彼らも同意している。そしてその際は、政府は増税や給付のカットを行えばよいとする。たしかに、そういったことが将来起こるかもしれない。でもそのときそこで起こることは、富裕層の資産を守るために中・低所得者が、社会保障を削られて、そのうえ増税により、せっせと富裕層にお金を貢いでいるという所得の逆再分配だ。そのときに、中・低所得者の被害を極力小さくしておくためには、公的債務はなるべく増やしておきたくない。

権丈善一(けんじょう・よしかず)/慶應義塾大学商学部教授。1962年生まれ。2002年から現職。社会保障審議会、社会保障国民会議、社会保障制度改革国民会議委員、社会保障の教育推進に関する検討会座長などを歴任。『再分配政策の政治経済学』シリーズ(1~7)、『ちょっと気になる社会保障 V3』など著書多数(写真:尾形文繁)

債務が大きければ大きいほど、名目金利上昇による利払い負担は重くなるため、その分、増税と給付カットの度合い、つまりは負担と福祉の乖離の度合いも大きくなる。給付カットとは、要するに社会保障のカットのことだ。技術的にインフレを止めることができるかもしれないが、社会保障をカットしてインフレを抑えるわけにはいかない。というか、それはしたくないから今から手を打っておきたい。だからあの手の話とは意見が合わない。

人間というのはそれなりに賢くて、過去に起きたことはいくらでも理屈をつけて説明できる。日本のように、過去数十年、これだけ財政赤字を出し続けてきてもインフレが起きていないことについても同様だ。しかし、その理屈が将来起こることに対してどれだけ普遍性のある話になるのか。永遠に金利は経済成長率を絶対に超えないというのならば話としては成り立つだろうが、将来のことは本当のこところ、誰にもわからない。不確実だ。

かつて政府は、企業年金の運用利回りを最低で年率5.5%と決めて制度を作っていた。これはほんの一例にすぎず、人間が将来を見通す能力なんてあてにならないもの。学者を含めて、「将来について予測できる専門家」などいない。ただ「将来に関する考え方の専門家」はありうる。公的年金は、将来は不確実であるという前提で制度が運営されている。公的年金が持続するための基礎となる財政も同じような方法で持続可能性を考えていくべきであろう。

インフレや金利上昇が起こる将来を想定し、そこでは少なくとも金利と成長率が等しい状況を想定の1つに置けば、いまの状況では公的債務の対GDP(国内総生産)比はひたすら発散していく未来が投影される。そうした未来も可能性の1つに含めてバックキャスティング(未来の姿から逆算して現在の施策を考えること)に財政運営していかなくては、不確実な将来においても国民の生活を守るという目的は達成できない。となれば、公的債務残高は増やしたくないし、できれば小さくしておきたい。

国民の生活を不確実性から守ることを目標とすればそうなるのだから、同じような考えを持つ人たちを持続可能性指向派だと呼んでいる。彼らの目標は財政再建ではなく、国民の生活を守る制度の持続可能性にあるからだ(「学校では教わらなかった大人の世界の民主主義」を参照)。

次ページ巨額の公的債務は民主主義を否定する
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